
宇宙船待ち
撮影機材:Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX F4 (IF)
撮影地:札幌市東区 (モエレ沼公園)
※所在不明者の捜索にご協力を!!
詳細はコチラをご覧下さい。イサムノグチが設計した都市公園は、アートである。
緩やかな曲線と直線、鋭角と鈍角が入り混じり、幾何学的な紋様
を大地のカンバスに描いている。
ナスカの地上絵−。
そう言えば、わかりいいかもしれない。
南米の広大な大地、ナスカの地に絵を描いたのは誰なのか?
古代から、先鋭的な測量技術を持つ文明はあったが、宇宙(そら)
からも判別できるほどの巨大な絵画だけに、それじゃ浪漫がない。
人間は空想に生き、その空想を叶え、科学技術を発展させてきた。
100年前の日本人の誰が、人間が宇宙へと飛び出す時代が訪れ
ることを予想していただろうか?
写真の場所、実は本日(20日)未明に、札幌の上空約400kmを飛
ぶ、ISS(国際宇宙ステーション)を撮るために訪れたのだが、生憎
の曇り空で願いが叶わず、その思いの捌け口として撮ったもの。
誰も居ない巨大公園が、次の宇宙船の到着を待っているかのよう
だった。

“あの時”も
出口は見えていた
撮影機材:OLYMPUS E-410 + ZUIKO DISITAL 14-42mm F3.5-5.6 ED
撮影地:古平町 (豊浜トンネル内)国道229号のこのトンネルを通るだび、
“あの時”を思い出す。
あの時の自身は学生で、所属するゼミの研究発表会、(通称・「炎の
合宿」)のため、宿泊施設に入ったところだった。
担当教官の都合で、集合時間が4時間遅れとなったため、施設内で
TVの画面に映る、事故現場の様子を眺めていた。
あの日から、もう、12年の歳月が経っているが、ここを通るたび、思い
出す。トンネルの出口の光が見えるたび、人生の終わりを、「たら・れ
ば」で考えてしまう自分が居る。
あの時は、生死の境界線が、僅か10秒ちょっとの違いだったのだ。
普段の生活だと、たかが10秒の違いなんて、微々たるものにしか思
わない。だが、その10秒の違いが、自分も他人も含めた運命を大き
く左右する仕事をしていると、「あの時、もうちょっと早け(遅け)れば
…」という、危険を回避できたであろうターニングポイントを思い起こ
さずには居られなくなる。
かく言う自身も、数分の差で土砂崩れに巻き込まれていたかもしれ
ないことがあった。それだけに、余計に、そう思うのだ。
「運命なのか?」
運命は、自身で切り拓くことができる「可能性」を持っている。
それと同時に、自身ではどうにもできない「蓋然性」も持っている。
矛盾する二つの未確定要素。
考えれば考えるほど、その出口(こたえ)が見えなくなる。